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浦和地方裁判所 昭和55年(ワ)828号 判決

原告

奥平晃子

右訴訟代理人

増渕實

被告

鬼石町

右代表者町長

田宮國雄

右訴訟代理人

阿久澤浩

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一被告の本案前の申立てについて

一原告は、被告に対し、昭和四八年八月一三日に売買によつて取得した本件山林の取得及び所有(昭和四九ないし五一年)に対する保有税として本件納付をしたが、昭和五二年八月二〇日町長に対し、本件納付にかかる保有税につき誤納を理由として還付を請求したこと、しかし、町長は現在に至るまで原告の右請求に応じていないことは当事者間に争いがない。

ところで、原告の被告に対する本訴請求は、地方税法一七条、同条の二ないし四に基づき誤納金である本件納付にかかる保有税の還付を求めているのではなく、原告にはもともと本件山林について保有税の納付義務がなかつたのに誤納したものであるとの理由で民法の定める不当利得返還請求権に基づき本件納付にかかる保有税相当額の金員の返還を求めるものであることは請求原因記載のとおりである。しかして、原告主張の右金員返還請求について、地方税法一九条九号、一九条の一二、同法施行規則一条の七第四号の規定に従い、行政庁に対する異議申立て又は審査請求の手続を経たうえで訴えを提起しなければならないとされるのは、請求が地方税法の規定に基くもので、行政事件訴訟法の定める手続に従つて提訴された場合であつて、これと根拠を異にする民法の定める不当利得返還請求権に基づき行政庁の属する公共団体を被告として訴えを提起する場合には地方税法一九条の一二等の規定の適用はないものと解される。従つて、原告の本訴請求が右のように不当利得返還請求権に基づくものである以上、町長の処分(〈証拠〉によれば、原告が昭和五二年八月二〇日付で本件納付にかかる保有税の還付を請求したのに対し、町長は同月三一日原告に到達の書面により、原告は林業を営む個人として本件山林を有効に利用して林業を営んでいるものとは認められないとの趣旨で右還付を拒否する旨の処分をしたことが認められる。)に対する異議申立て又は審査請求が前置されていないというだけで不適法であるとの被告の主張は採用できない。

二もつとも、被告は、右主張の前提として一旦納付された保有税の返還は、民法の定める不当利得の特則である地方税法一七条に基づき請求されるべきところ、町長は原告の本件納付にかかる保有税の還付請求に対して前記不還付の処分をしているのであるから、原告は右税額の返還請求を右処分に対する不服申立てによつてのみなしうるのであつて、不当利得返還請求権に基づいてはこれをなし得ない旨主張するのでこの点を検討する。

保有税は、申告納付の方法によつて徴収される税である(地方税法五九八条)から、納税者の申告によつて市町村(同法五八五条一項)と納税者間に具体的な公法上の債権債務関係が発生し、保有税の納付、徴収という法律効果が生じるものと解される。本件納付も、〈証拠〉によれば、その経緯はともかくとして、〈証拠〉を考慮してもいずれも原告の申告によつてなされたものと認められ、他にこれを左右するに足る証拠はない。従つて、納税者の申告によつて一旦納付された保有税については、納税者に錯誤等があつたために誤納されたものであつたとしても、これが是正は、原則として法の定める更正の請求(同法二〇条の九の三)、誤納金の還付請求(納税者にかかる請求ができる旨を直接定めた規定は存しないが、同法一七条、同条の三第一項、同条の四第二項等の規定からすると、同法はそれを前提としているものと解される。)によつてなされるべきであつて、もし仮に、意思表示の瑕疵を理由に納税者に申告の無効の主張や無効を前提とした納付税の返還請求あるいは行政庁の処分が存するのにかかわらず、その公定力を否定するような納付税の返還請求が自由に許されるとすると納税者と市町村との間の租税法律関係はきわめて不安定な状態となり徴税の円滑、合理的な運営に著しい支障をきたすことは明らかである。そうすると、原告は、原則として本件納付にかかる保有税の返還を求めるには、前記地方税法の各規定に則つて訴求すべきものであるといえる。しかしながら、他方不当利得は、形式的に法を適用することによつて生ずる実質的不正を調整することを目的とする正義、公平の観念に基づく制度であつて、私法の分野のみならず、公法の分野においても適用される基本原理であると解されるから、前記更正の請求や誤納金の還付請求についての規定が存するからといつて一旦納付された保有税の返還については民法の定める不当利得の規定の適用を一切排除するとまでは解することができず、納税者の申告に明白かつ重大な瑕疵があつて、それが当然に無効と解されるような場合には、不当利得の法理によつて具体的な救済をはかることができるものと解するのが相当である。

本件の場合、原告の申告に明白かつ重大な瑕疵があつてこれが当然無効と解される場合には、原告の不当利得に基づく返還請求も肯認されるのであつて、あくまでも地方税法上の規定に基づき返還請求を求めるほか途はないとの被告の主張は採用できない。

第二本案について

一そこで、原告が本件納付を行うに至つた経緯はともかくとして原告の申告に明白かつ重大な瑕疵があり、これが当然に無効と解されるか否かについて検討する。

〈証拠〉によれば、

1  原告は、本件山林を林業経営を目的として買い受けたところ、本件山林を取得した当時から肩書地に居住していたため、これを買い受けるに当たつて、従前よりこれをその所有者から依頼されて管理していた田口福松に、従前どおり管理してくれるように依頼していた(もつとも、その内容は、田口が間伐、枝打ち、下刈り等の作業を実施した時には、原告がその代価を支払うが、それ以外の点については具体的作業内容も報酬も決められず、当時の鬼石町森林組合への一般費用賦課金の納付を田口が立替えて支払つていた程度であつた。)が、田口はこれを受け容れながら、原告の要請があつたにもかかわらず、本件山林の立木がほとんど二〇年から三〇年の杉や檜であり、技打ち、間伐の必要もないし、そのまま放つておいても立木の成育に支障がないと判断していたため、何らの作業も実施していなかつた。従つて、原告が本件山林を取得した当時でさえ一メートル近い下草が生えていたのに、本件山林は、昭和五二年九月ごろまで何ら手入れがなされず放置されていた。

2  原告は、右のように本件山林を林業経営の目的で買い受けたので、被告に本件山林に対する保有税を納付したころから右税が課されることに疑問を抱いていたところ、昭和五二年五、六月ごろ、原告と同じ町に住む知人が原告と同時期に群馬県藤岡市内に山林を取得していながら同市より右山林の保有税につき非課税の扱いを受けてきたことを知つて、同年六月六日ごろ、被告町役場を訪れ、本件山林につき林業を営む個人として保有税が非課税となるにはどうしたらよいのかを問い合せ、その際説明を受けた税務課職員の指導に基づき同月一四日ころ本件山林の所在地を管轄する多野東部森林組合へ加入したうえ、同月一六日ころ被告に対し、本件山林についての非課税土地届出書を提出した。

3  原告から右非課税土地届出書を受理した被告は、直ちに本件山林の現地調査を行つたところ、本件山林には一メートルを超える下草が生い茂り、杉の木の枝打ち等もなされていないことが明らかとなつた。そこで被告は、本件山林の保有税に関し、同月二〇日ごろ原告が①森林組合に加入し、経営指導を受けること、②本件山林を有効に利用して林業を営んでいると認められる状態にすることを条件として非課税にすることを決定し、そのころこの旨を原告に通知した。これに対し、原告は、同年八月ごろ本件山林の管理をしていた田口福松に対し、本件山林の枝打ちや下刈り(雑草や灌木を刈ること)等を依頼し、田口は九月ごろ右作業を実施した。その結果本件山林に対する保有税は、昭和五二年以降非課税となつている。

4  原告は、本件山林に対する保有税の非課税手続が完了した同年八月二〇日ごろ、町長に対し、原告にはもともと本件山林について保有税を納付する義務がなかつたのに被告の誤つた納税勧奨がなされたためにこれを誤納してしまつたとの理由で前示のとおり、本件納付にかかる保有税の還付請求を行つたが、町長は本件山林については非課税要件が具備していないとして不還付の処分を行つた。

もつとも、原告は、本件山林と同じころ取得した群馬県多野郡万場町所在の山林についても、同町の勧奨に応じて右山林に対する保有税を申告して納付していたので、これについても昭和五二年八月二〇日ころ同町長に還付の請求をしたところ、一旦は拒否されたものの、右山林は林業のために有効に利用されているとして、同町より同年一二月すでに納付した昭和四八年から昭和五一年までの保有税の還付を受けた。ただ右山林は、本件山林と違つて、原告がそれを取得した当時から枝打ち、下刈り等の作業が行われ、よく管理されていた。

以上の事実が認められ、右認定に反する〈証拠〉はたやすく措信できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定事実によると、本件納付にかかる保有税の対象となつた昭和四八年八月から昭和五一年一二月末日までの間の本件山林は、地方税法五八六条二項六号、同法施行令五四条の一七第一、第二項各二号の定める林業を営む個人として非課税となる山林の要件(森林組合へ加入することは要件ではないが、少なくとも当該山林の所有者がその土地を有効に利用して林業を営んでいるものと客観的に認められるような状態にあることが必要であると解される。)を具備していたといえるか否かきわめて疑問である。

二そうすると、原告の本件納付にかかる保有税の課税は明らかに根拠を欠くものと断じえないのであり、被告が昭和四九ないし五一年において本件山林につき原告が土地所有者等として保有税を納付すべき義務があると解して昭和四九年二月五日付「特別土地保有税取得分に係る申告納付について」と題する文書を発したことに重大明白な違法があるということもできない。したがつて、原告の本件納付にかかる保有税の申告が右文書の受領に基因することは当事者間に争いがないところであるが、原告の右申告はその内容及び動機いずれかの点において(右文書はその記載(前掲甲第一号証)からみてこれをもつて被告の課税処分と解することは到底できないし、原告がその主張のようにこれを課税処分と理解したとしても、その故をもつてこれに相応する申告がその内容において重大明白な瑕疵がない場合においてもなんらの手続を待たず当然に無効とされることはあり得ない。)、明白かつ重大な瑕疵があり、これが当然に無効であるとまでは解されないから、被告が本件納付にかかる保有税を保有することが法律上の原因を欠くものとは解されないものといわなければならない。

第三よつて、原告の本訴請求は、その余の点につき検討するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高山晨 野田武明 友田和昭)

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